椙田市議、市長選に出馬 「住民満足度の高いまち」へ
任期満了(8月7日)に伴う飯能市長選挙へ、現職飯能市議の椙田博之(ひろし)氏(53)(川寺)が「市議選には出ず、市長選挙に立候補する」と21日、表明した。
椙田氏は市議5期(保守系)で、前回平成25年の市長選では大久保勝氏当選の立役者となった、いわゆる大久保派のキーマン。
同市長選挙については、現職大久保氏が2選へ向けて出馬表明を行っており、かつての盟友が名乗りを上げたことで、現段階での図式としては、市域を二分しての熾烈な争いの一騎打ちが決定的となった。椙田氏は、「住民満足度の高いまちにしたい」と抱負を話している。
今回、市議継続ではなく、首長選転戦の意志を固めたことの理由として、椙田氏は飯能市議会の議会改革の進展と、自身のライフワークともいえるフィールドスポーツ発展の下地づくりが、この4年間の任期で整ったことを挙げる。
議会改革について、地方分権時代に対応した議会のあり方や議会機能の強化などについて調査研究する市議会の議会改革特別委員会委員長として束ね、円滑な運営に努め、3月定例会にはその成果を最終報告している。
「私が議員になった20年前と今を比べると、まったく違う議会になっている」と椙田氏は指摘し、「保守系の改革派というスタンスで私はやってきた。議会改革の趣旨は、分かりやすい政治を市民に伝えること。一般質問の様子をケーブルテレビで放映し、質問についても一問一答方式を取り入れた。タブレット端末の導入は全国でも初めての取り組みだった」と振り返り、「議員最後の4年間は、そうしたものを広めるためで、実際243自治体の視察があった」と、議会改革の取り組みの手応えを強調する。
一方、フィールドスポーツの振興については、一般質問でもたびたびのように取り上げ、同競技を通じて、まちの賑わい創出などを訴えてきた。「飯能の魅力を出すために、一番良いのは大地を使うことであり、飯能の地の利を利用したものを打ち出していくこと。それにはフィールドスポーツが最適」と持論を展開する。
この4年間で、民間レベルでの体制も固まり、山を走るトレイルランニングやハイカー、自転車愛好家たちとのフィールドでの摩擦が生じないよう、関係者間で飯能ならではのルール、マナーづくりにも着手しているという。
やり残した事柄を市議生活最後の5期目で遂げたことで、地方自治体の舵取りを担いたいという欲求が以前よりも高まった。地盤は実家のある川寺と一丁目。近い周辺に市長選への出馬の意志を伝えたところ「よっしゃ!」との力強い返事をもらったという。
選挙公約は、「基本的には住民満足度の高いまち。それがなければ、いくら人を呼んでも市外に出ていってしまう。できるだけ、満足度を高めていきたい」と熱い。
福祉分野では待機児童の解消、都市計画では土地区画整理事業の迅速な進展、住民の安心・安全のための道路改良や歩道の整備を掲げる。そして、忘れてならないのは、西川林業の再生と山間地域の活性化。
市街地の懸案でもある銀座通り出口付近から飯能郵便局までの都市計画道路「久下六道線」の整備についても、一家言持つ。「道路がかまぼこ型で非常に歩きづらい。事業は凍結ではなく、もう一度皆さんと議論をしたい。ベビーカー、車イス、杖をついている人は大変。少なくとも歩道は整備しなくてはいけない」と力を込める。
市議当選前は、飯能青年会議所のメンバーとして、飯能のまちづくりへの提言も行った。その時代に培った問題意識を持つことの大事さ。それ故か、「地方から国は変えられると思う。地方の長になって、国を変える。自分の住んでいる自治体の長になって、そこから全国、世界へ発信する。あるいは中央にものを言う。我々地方には国を変える力があるはず」と意気込む。
選挙戦は、志ある者が諦めないで済むようにするため、お金をかけない選挙戦を心掛ける。
趣味はドライブ。川寺で両親と暮らす。「基本的には民意を聞いたり、風を作ったりするのは、得意」と自己分析する。
法政大学経済学部卒。平成9年飯能市議会議員選挙に初当選。平成25年には議員15年以上として全国市議会議長会から表彰。平成12年に副議長を、同17年には議長を務めた。