「渡来から未来へ」 100年に一度のお祝い 高麗郡建郡記念祭
奈良時代の霊亀2年(716年)、日高・飯能を中心とする地域に高麗郡が置かれてから1300年を迎えたことを記念する「高麗郡建郡1300年記念祭」が21、22日の2日間、日高市文化体育館ひだかアリーナ周辺を会場に開催された。
「渡来から未来へ」をテーマに、初日には式典や記念コンサート、2日目には市役所通りをコースに高句麗衣装を身に着けた参加者による「にじのパレード」が行われ、高麗郡にゆかりのある地域や交流を深めている韓国の友好都市、市内の小中学生など、式典に約2500人、パレードには約3000人が参加し、100年に一度の節目を盛大に祝福した。
式典では、主催者の谷ケ﨑照雄市長や山田一繁市議会議長をはじめ、来賓として萩生田光一内閣官房副長官、上田清司知事、大塚拓衆議院議員、大久保勝飯能市長、小谷野五雄県議、韓国京畿道(キョンギド)のナム・ギョンピル知事、日高市の友好都市・烏山(オサン)市のカク・サングク市長、大野松茂高麗1300理事長が挨拶。
「日高市を中心とする地域に高麗郡が建郡されたのは、国家の発展と中央集権をめざす大和朝廷が東国7国の高麗人を一箇所に移し、地方行政機構のモデルを示すという重要な使命があった」。
谷ケ﨑市長は高麗郡の成り立ちから現在の日高市に至るまでの歴史を振り返り、「高句麗からの渡来人によって開拓された高麗郡の歴史は、地域住民に技術を伝え共に地域を開拓した善隣友好の証であり、これを未来に引き継いでいくことが私たちの使命」。
「このまちを未来永劫誇れるよう、高麗王若光のフロンティア精神を引き継ぎ、未来を担う子ども達に伝えていく。旧高麗郡の周辺地域が、建郡時の使命であった地方行政のモデル地域となれるよう共に発展し、住民の皆様が幸せに暮らしていけることを強く望む」などと述べた。
来賓からは「高麗郡に着目した地域活性化が息の長い取り組みとして定着し、日高市と周辺自治体の自立的で持続的な発展を願う」(萩生田官房副長官)、「今後も韓国をはじめ近隣諸国との平和的な文化交流を日高市から発信されることを願っている」(上田知事)といった祝福の言葉が送られた。
京機道のナム知事は「皆様とお会いすると、兄弟と会ったような感覚になる。この記念祭は日韓友好の象徴であり、会場にいる子どもたちは未来への希望。日高市で日韓首脳会談を開くことが私の願い」と述べ会場を湧かせた。
その後、市内の小中学生730人が日本の伝統音楽「雅楽」の節に高麗郡建郡の歌詞を盛り込んだ「越天楽今様(えてんらくいまよう)」や「ふるさと」を合唱。澄んだ歌声を会場に響かせ、出席者は総立ちで拍手喝采を送った。
翌日のパレードでは、市民の手作りで再現した高句麗衣装を着用した約3000人の参加者がアリーナに集合。高麗王若光に扮した谷ケ﨑市長らとともに、ゆかりの地域や市内の自治会、小中学校、保育所・幼稚園など幅広い年代の参加者がアリーナから高麗川中学校までの市役所通りの往復約1・5キロを歩いた。
晴天の下、夏を感じさせる暑さとなったが、華やかな衣装に身を包んだ参加者たちは笑顔で手を振りながらコースを歩き、道中、七色のアーチに取り付けられたくす玉が割られると、沿道の市民からは大きな拍手が送られた。
パレードを終えた参加者には、小学生が収穫した野菜を使い大鍋で作った特製「高麗鍋」が振る舞われ、閉会式では市長が成功に感謝を述べ万歳三唱。
会場には七色の銀テープが降り注いだ。参加した小中学生からは「100年に一度のお祝い。貴重な経験になった」「大人になってからも高麗郡のことを伝えたい」などと感想が寄せられた。
このほか、会場周辺では両日、市内事業所や高麗郡ゆかりの市町村のグルメ販売、韓国の観光PR、ステージ発表などが行われた。